代官山の大通りを入った路地裏。一見セレクトショップのようなガラス張りのビルの2階に、アンビエント(環境音楽)、ドローン(持続音)の音源を専門に扱うミュージックストアがある。2013年4月にオープンした「murmur records daikanyama(マーマーレコード代官山)」だ。
現代音楽から派生したアンビエントやドローンは、一部のコアな音楽ファンを除き、一般の人には難解と捉えられがちな音楽ジャンルだが、「マーマーレコード代官山」はそんなマニアックなイメージを打破すべくオープンした。
【murmur records daikanyama】
運営するのは個人で音楽レーベル「murmur records(マーマーレコード)」を手がける、サウンドアーティストの相田悠希さん(33歳)。「murmur records」は電子音響作品に特化したレーベルで、05年に相田さんが海外のアーティストを紹介するために設立。これまでに国内外のアーティストを17タイトルリリースしている(13年8月現在)。ショップのオープンと同時に、WEBショップも立ち上げた。
音楽系の専門学校時代から電子音楽の制作をはじめたという相田さん。これまでに同レーベルより3枚のアルバムをリリースし、CMや映画音楽なども手がける。実は、高校時代はビジュアル系バンドをやっていたそうで、「ビジュアル系から音響系に行く人は意外と多い」と笑う。特に池田亮司、半野喜弘、クリスチャン・フェネスやアルヴァ・ノトなど、00年前後に聴いた音響系やエレクトロニカに影響を受けたそうだ。
お店をオープンしようと思い立ったのは、昨年の12月。「自分の好きな音楽やレーベルを新たな層に向けて発信・開拓することで業界全体が潤うのでは」と相田さんは話す。
「もともとアンビエントは日本語では環境音楽と言って、常に私たちの生活の周囲にあって、誰でも楽しめるもの。メロディやリズムがないので小難しいイメージがありますが、エリック・サティが提唱した”邪魔にならない音楽”をルーツに持つように、世界と自分、外面と内面の境界をなくして日常に溶け込むもの。教会・宗教音楽などでみられるドローン(持続音)も同じく、音楽を全く聴かない方でも、実は意識一つ切り替えるだけですぐに入り込める音楽だと思います。例えば、ここ10年で代官山に子連れのお母さんが増えましたが、育児で疲れた時のリラックスタイムや、赤ちゃんとお昼寝の時のBGMなど、新しい使い方が提案できるのでは、と考えました」(相田さん)。
「あえて音楽的なイメージがない場所を」とCD・レコードショップが集まる渋谷は避け、都内周辺で空き物件を探したところ、代官山でイメージに合う物件が見つかった。「”好きな人だけ来ればいい”と閉鎖的な雰囲気のショップも多いですが、少数の聴衆と少数の作家が仲間内のようになると、批評性もなくなってしまう。せっかくの文化なので、もっと気軽に知らない音楽を聴ける場所があってもいい。オープンな雰囲気で、一人一人に合わせた提案ができる場所を作りたかった」と相田さん。
白を貴重にした店内は約8坪。高い天井と大きなガラス窓に面した開放的な空間には、お客さんがゆっくり視聴できるようにとソファ席を配置。店内にはあらかじめセレクトされたCD視聴機は置かず、顧客が視聴したいものを店内で流すスタイルをとった。
「大型店とは異なり、一人一人と対話してお薦めができるのがうちのような小型店の強み。会話を通して、相手が知らないものを渡してシェアをする。お客さまにはその代金を頂いているのかもしれません」(相田さん)。
商品は新旧問わずヨーロッパ、アメリカ、日本のものを中心に、大手では扱えない海外のインディーズレーベルの作品も多数セレクト。メディアはCDが大半だが、CDR、レコード、カセット、SDデータも並ぶ。例えば「12K」レーベルのオーナーでサウンドアーティストの「Taylor Deupree(テイラー・デュプリー)」、日本のエクスペリメンタル・アンビエントアーティスト「Chihei Hatakeyama(チエイハタケヤマ)」、日本人のドローンアーティスト「Hakobune/方舟」をはじめ、レーベルは50以上、タイトルは700点以上を揃える。これらのジャンルはもともと数量限定・少数生産でのリリースが多いため、すぐ廃盤になることも多いとか。
客層は30~40代が中心で、男女比は3:7程度。人通りが少ない路地沿いで看板もないため、ネットや口コミでの来店が中心で、代官山周辺のショップ店員の来店も多いという。購入枚数は平均3~4枚で、一度に大量に購入する人もいるそうだ。
「男性は文脈を通して聞く方が多いですが、女性のほうが”訳の分からないもの”に対して反応が早く、”面白い”と感覚的に反応する人が多いように感じます」(相田さん)。
さらに、店内ではイベントを月2回程度開催。これまでにフランスの音楽家クリストフ・シャルルのインストアイベントや、前述のChihei Hatakeyamaによるワークショップなどを行った。一方で、代官山界隈のショップとのコラボレーションも積極的に行っており、6月には代官山の客席がベッドのカフェ&レストラン「Chano-ma(チャノマ)」でお母さんと子どものための”お昼寝イベント”(生演奏会)を開催し、訪れたお子さんにぐっすり眠ってもらったという。
「音楽は日常の生活を気持ちよく過ごすための機能であり、人と人をつなぐコミュニケーションツールでもある。正直、ショップのみで売り上げは成り立ちませんが、店をオープンしてから海外のアーティストがわざわざ足を運んでくれたり、出版社から幼児教材のコラボレーションのお話をいただいたり、面白いつながりが生まれています。今後は代官山のショップと協力しながら、多くの人が新しい音楽に触れる機会を作りたい。そして、代官山の街からアンビエントのムーブメントを作っていけたらいいですね」(相田さん)。
一方で、レーベルの新たな試みとして、音楽制作のクラウドファウンディングも進行中だという。出資金を募り、新作の制作・リリースを行うもので、第一弾としてフランスの音楽家クリストフ・シャルルのプロジェクトがスタートしている。「現在の電子音楽シーンでは、良い作品をリリースしてもそのコストを回収できているレーベルは少ない。特定シーンの制作サイドにいると新しい視点が生まれにくいので、複数のジャンルをつないでお互いがより良くなるような仕組みを作っていきたい」と相田さん。
音楽が売れないと言われる昨今だが、音楽のジャンルが細分化するほど、新しいリスナーには入口が狭く見つけづらくなり、業界自体の拡大も難しくなる。そもそも音楽の解釈に正解・不正解はなく、内部の人間には予想外の反応が起きることもある。同店が試みるようなジャンルを超えたつながりと交流、そこから生まれる相互の発想が、シーン全体の活性化につながるように思う。
【取材・文/渡辺マキコ】