2009年にロンドンで始まった、まったく新しい音楽体験の場と機会、“sofar sounds(ソファーサウンズ)”が2014年3月、日本上陸。25日夜、東京・原宿のど真ん中にあるシェアハウス「The Share(ザ・シェア)」のリビングルームにて、第1回目のシークレットライブ、“sofar sounds Tokyo vol.1”が開催され、ミュージシャンや来場者、住人など約80名がリラックスした空間で音楽を楽しんだ。
“sofar sounds”の発祥地はロンドン。2009年3月、Rafe Offer(レイフ・オファー)さんによってはじまった音楽イベントである。
その特徴は、①会場がライブハウスやクラブ、スタジオ、カフェといった商業空間ではなく、(誰かの)リビングルームをはじめとするプライベートな空間であること、②演奏するミュージシャンやアーティストは当日までシークレットであること、③入場料などの設定は特になく、事前に登録した人たちのなかから招待された人だけが参加できる、という。
他にも、なるべくジャンルの異なる3組のアーティストがそれぞれ約3~4曲ずつ演奏することや、プロのPAが動画と音を収録し、後日編集したものを専用サイトにアップロードするなど、ロイヤリティこそ支払わないものの、いろいろなルールが設けられており、既に、NYやパリ、LA、ベルリン、北京など、世界40都市以上で開催中。日本は、今回が初めてとなる。
「日本の音楽のマーケットは2000年前後をピークに、配信の一般化やプロモーションの場も多様化し、私たちは“どのように何を作り手であるアーティストに適正に還元していけるか・・、そしてどのように新しい才能を求めている人に届けていけるのか”ということを改めて考えさせられているのが現状なんです」というのは、“sofar sounds Japan(ソファーサウンズジャパン)”代表の土橋望さん。
土橋さんは、(株)パルコのライブハウス「クアトロ」を展開する事業部にてレーベルA&Rなどの仕事に従事したのち、外資音楽企業を経て現在、テレビ局の音楽関連企業に在籍する。
売れるものは売れる一方、新人はもちろんのこと、中堅クラスであっても活躍する場が減っている。時代と共に、音楽リスナーもコミュニケーションの形も変化してきて新しい音楽をどのように届けていくかを改めて考えることが多くなったのが現状なのだそうだ。
そんなジレンマを抱えていたある日、個人的に定期購読している雑誌『NEWYORK』に掲載されていた“sofar sounds”の記事を見つけ、「これだ!」と思ったのだという。
「すぐにググって東京のライブ参加申し込みをしようと思い本国のサイトを見たら、日本ではまだやっていないことが分かったんです。次の瞬間、英文メールを書いてました(笑)」(土橋さん)。
レイフェさんからの「Welcome!」という返答があり、さっそく信頼できる友人に声をかけ、相談していくうちに、映像ディレクターの沼口智子さん(WHO-YOU)ほか、あっという間に計6名が集まり、自然と事務局となっていった。
“約5~60名が入れるリビングルーム”という東京で開催するのにあたってもっとも難しかった会場も、メンバーの繋がりから、株式会社リビタの土山さんのご協力を経ることができ、無事に解決した。
運営は、リビタさんを含め、全員100%無償ボランタリー。実は、それも“sofar sounds”のルールのひとつなのである。
「これは、パーティじゃなくて、心地いいオンガク体験をシェアするイベントなんです」
2014年3月に“sofar sounds Japan”が設立したのを記念して、今回、ファウンダーのRafe Offer(レイフ・オファー)さんに、スカイプにて単独インタビューを行った。
Rafe Offerさん(以下、レイフェさん):もともと音楽が好きで、ライブにも行ったりするんですが、アリーナ級のホールとか街なかのクラブといったハコ以外で、音楽をゆっくり聴ける居心地のいい空間がないものか、とずっと思っていたんです。
そんななか、2009年3月のある日、友人でミュージシャンのDave Alexander(デイブ・アレクサンダーさん/以下デイヴさん)が、自宅に友人を招いて若いミュージシャンを交えてミニ演奏会をやったんです。10名ほどだったでしょうか。演奏してくれたのは5曲だったと思いますが、そのときのリビングルームの雰囲気がほんとうにすばらしく、これこそ私が求めていた音楽体験だ!と思ったんです。
編集部:第1回目のsofar soundsは何月だったんですか?
レイフェさん:4月ですから、約1カ月での開催となりました。名前は、レナード・コーエンの“songs from room”からインスパイアされ、“sofar sounds”に。わりとすぐに決まりましたね。
編集部:いくつかルールがあるように思うのですが、それはどのようにして決めていったんですか?
レイフェさん:まず、リビングルームのようなプライベート空間であることは決まっていましたが、毎回異なる場所で開催することや、音楽のジャンルはなるべくバラエティ豊かにしたほうがいいとか、出演するミュージシャン名は最初から明かさないほうがミステリアスな感じになっていいなとか、今のようなスタイルになったのは3回めくらいからでしょうか。
新人ミュージシャンを発掘することと、親密な空間で集中して音楽を聴くことで音楽に対するリスペクトの気持ちをシェアすることというコンセプトも定まりました。
編集部:最初から世界中の都市で開催されることを予定していたんですか?
レイフェさん:いえ、たまたまゲストだったロイターの記者が取り上げてくれて、広がって行ったんです。
編集部:実際にライブを行うと、いろいろ経費がかかってたいへんなのにも関わらず、今後も100%非営利活動なんでしょうか?
レイフェさん: “sofar sound”そのものは、基本的に100%非営利活動ですが、現在は、参加ミュージシャンの楽曲を音楽業界や広告関連業界に紹介する“Sofar Creative”という広告代理店や、クラウドファンディングを利用したサブスクリプション・アルバムの制作を行う“Pledge Music”という会社を設置し、新人ミュージシャンを多方面からバックアップしています。実際に、サムソン社のビデオのスポンサーとして採用してもらったりしました。
編集部:ソーシャルな活動が数年のあいだに、きちんとビジネスに繋がっているんですね、すばらしい。
レイフェさん:実は、私は、もともとコカコーラやウォルト・ディズニー・ピクチャーズなどでも働いていたマーケティングコンサルタントなのですよ(笑)。
編集部:そうだったんですか!世界有数のマーケティング・エクセレント・カンパニーではないですか!
レイフェさん:経済があまり良くない今は音楽にはいいタイミングだと思います。音楽の、ミュージシャンの民主化とでもいう感じでしょうか。“sofar sounds”はパーティじゃないんです。 “音楽好き”という個人レベル国を超えて容易に繋がれるグローバルなコミュニティであり、開かれた音楽イベントなんです。
編集部:なるほど。よく分かりました。ところで、“sofar sounds Japan”、“sofar sounds Tokyo”が3月に日本上陸しましたが、何番目でしたっけ? また、レイフさんが期待されることがあったらお聞かせください。
レイフェさん:ポートランド、オスロー、ケープタウンに次いで44番目だったと思います。東京は世界4大都市のひとつ。私もディスニーの仕事で日本に住んでいた時期もありましたし、他にはない独自の文化を持つすばらしいまちだと思います。そのロコカルチャーのニュアンスがうまく表現されているのが観たいですね。また、そこから世界で注目される“ジャパニーズ・ヒップスター”が誕生してくれたら嬉しいですね!
編集部:次回の開催の時は、ぜひ日本に来てくださいね!
レイフェさん:ぜひ行きたいですね!ビデオを楽しみにしています。
さて、そんな“Sofar Sounds”の日本上陸、東京での開催、「Sofar Sounds Tokyo vol.1」に出演したアーティストは、辻岳人さん、女性4人組のバンド、キノコホテルとしても活躍中のkemeさん、ヒップホップバンド、Suikaのメンバーでもあるタカツキタツキさんと、クラブシーンを中心にピアノやDJなどでも活躍しているSWING-O(スインゴ)さん。
ダイニングルームの壁一面の黒板では、土堤内さんと井澤さんによる黒板アーティスト・ユニット、paint&supply(ペイント&サプライ)さんがライブペインティングも行われた。
最後は、辻さんも参加し、また、会場に来ていたボーカリストのAzumi Takahashiさんも混ざってのジャムセッションとなり、会場は穏やかに盛り上がった。
会場を訪れていた人のSNSへの書き込みを見ると、「beatbox以外のイベントはあまり行く機会がないのですごく新鮮でした。なにもかも感動したー!」や、「世界43都市で行われている音楽イベントSofar Sounds、東京での第1回目が開催ということで行って来ました。最高の空間でした。音楽で感動するってこういう事を言うのかなって初めて実感することができました」、「マイクほとんど使わないライブ見るなんて新鮮!」、「The Shareのリビングルームで靴を脱いでアットホームな会」、「なかなかホームパーティってのは日本には根付いてないけどこんなマンションやスペースが増えて来たらもっともっと根付いていくんじゃないかな」など、プライベートな居住空間が醸し出す、独特のリラックスした雰囲気での初めての音楽体験を楽しんでいたようだった。
街を歩いていると、電車に乗っていると、イヤホンをしている人が意外に多いことに改めて気づく。もちろん、音楽に限らず、ゲームや語学学習、ひょっとしたら落語を聴いている人もいるかもしれないが、仮に音楽を聴いている人に絞ってみたとしても、みんながみんな、AKB48や韓流系、エグザイルファミリー、ジャニーズではないだろう。
定点観測でインタビューでも、たまたまイヤホンをしていた人に何を聴いているのかと尋ねたときも、筆者らが知らない日本のパンクバンドやインディーズ系のミュージシャンの名前があがることも少なくない。最近はボーカロイドと言う若者もいるなど、実は多様化が進んでいるが、公の場ではあまり知られていない。
こういった現状の背景にあるのは、社会システムの問題だろう。ファッション業界も似たような状況にあるが、売れているか否かにとらわれず、また、事業規模の大小にも関わらず、もっと自由に、自分の意思で、自分の好きなものを選び、楽しむという当たり前のものづくりや場づくり、出会いの機会をつくるなど、“ソーシャル(社会デザイン)な活動”を実践している人は、実は全国各地に少なくない。そう考えると、今回の“sofar sounds Tokyo”に続けと、“sofar sounds Kyoto”や“sofar sounds Fukuoka”、“sofar sounds Sendai”などと全国各地に広がっていく日も近いかもしれない。[取材・文/高野公三子]