茶屋街に武家屋敷、伝統工芸といった古き良き風情と伝統を守りながら、一方で金沢21世紀美術館やeAT Kanazawaなど、現代アートやエレクトロニックアートの最先端を発信しているまち、金沢。都会のようにエリア間の濃度が違いすぎるということもなく、1日半もあれば、散歩がてら、観光名所をひととおり見て回ることができる。
そんな肩肘張らないコンパクトなサイズ感は、このまちで仕事をする身としては、とても居心地のよい場所だ。しかし、見方を変えれば、その心地良さがときに、“保守的なコミュニティ”を生むための最高の土壌にもなる。どんなものにも表裏があるように、実はたくさんの“重ならないレイヤー”が、まちの中を縦横に走っているのも、金沢の隠された一面だったりもする。
そんな風土のある金沢に、去る3月18日、とあるシェア型複合ホテルがオープンした。その名も、「HATCHi」。まさに読んで字のごとく、北陸ツーリズムの“発地”という意味が込められているこの場所には、ソフト・ハードの両面において、北陸のモノ・ヒト・コトが一堂に会す仕掛けが、ぎゅぎゅっと詰まっている。そんな話を聞いて、さっそく内覧会にお邪魔してきた。
「僕たちの出発点は、ホテルをつくるというより、人が集まって居心地良くいられる場所をつくるというところにあるんです。その熱意を受け止められる場所として、土地に根付いてきた古い建物を選びリノベーションをする。その中で、自然とホテルというカタチに辿りついた感覚です」
そう語るのは、数多くのシェア型プロジェクトを手掛ける株式会社リビタで、HATCHi金沢のプロジェクトリーダーを務める北島優さん。
実は金沢出身という北島さん。そんな彼もよく知るこの場所は、実は元々「ぶつだんセンター」だったという場所。それが今や、モダンさ漂う建物に生まれ変わったことで、近くに住む地元住民や、通勤通学でまちに通う県内のひと、初めて金沢に訪れた観光客など、それぞれが違う眼差しをもって、この場に意識を向けるようになったのだとか。そうやって、人々の意識をゆるやかに変えながら、多彩なバックボーンを持つ人々が自然に集うコミュニティをつくること。それこそが、今回のHATCHi金沢、そして今後全国展開していくTHE SHARE HOTELSブランドの目指す先ともいえる。
例えば、ホテルのハード面。1Fのグランドフロアには、金沢で人気の飲食店「HUM & Go」と「a.k.a.」が、キッチン自体をシェアしながら旅人や地元民を迎えるというスタイル。オリジナル珈琲やスイーツ、本格和食が楽しめるようになっているほか、誰でも地下にあるシェアスペースや玄関外にある屋台をレンタル利用できる(利用条件あり)とのことで、この土地ならではの“食”を味わいながら、自然に交流が生まれる仕掛けが揃っている。
また、「上出長右衛門窯」作の照明シェードや、「FUTAGAMI」作のレバーハンドル、「momentum factory Orii(モメンタム・ファクトリー・オリイ)」作のルームキーホルダーをはじめ、北陸各地の伝統技術を惜しげもなくホテルの随所に配置。まるでアートギャラリーのような空間は、宿泊者ならずとも、一見の価値ありだ。
「リノベーションといえば、モノを残すという考え方になりがちですが、僕たちは、建物や地域に根付いてきた“文化”を残すという考え方なんです。例えば入り口の赤色。あれはひがし茶屋街からの文脈を受けてまちなかに馴染むよう、あえて鉄骨の赤い錆止めの塗装を残したんです。また、元ぶつだんセンターという背景を紐解き、仏壇に使われている真鍮の金属着色技法に着目し、富山県高岡市の「momentum factory Orii(モメンタムファクトリー・オリイ)」さんに以来して、レンジフードやキーホルダーをオリジナルで制作いただいたりもしました。そうやって、元々の場をリスペクトしながらコンテクストを残し、文化として世界に発信していくこと。それこそが、HATCHiの役割だと思っています」
HATCHiの設計デザインを担当した、株式会社リビタの小野さんの言葉に、思わず深く頷く。
HATCHiのユニークなところは、地元住民を招いたワークショップを行い、また地元で活躍するローカリストたちと一緒になって、対話を重ねながら一緒に場をつくってきたということ。そんな関係性を結ぶホテルなんて、ほとんど聞いたことがない。だからこそ、ローカリストたちから面白い活動内容を聞けるツーリストバーや、一緒に仕事場や活動拠点をまわるクリエイティブツーリズムなど、ここでしか体験できないようなコンテンツが自然と生み出されているのがよくわかる。
これまでのホテルといえば、完成されたハコに人が訪れて、それぞれの時間を過ごす止まり木のような場所だったかもしれない。しかしここは、いろんな人たちが出会い、一人ひとりの想いでいかようにも形を変えていける場所。だからこそ、ヒト・モノ・コトがまちの中に循環していくような、そんなコミュニティになる可能性に、思わずワクワクしてくる。
「いろんな想いを持っているひとたちが、HATCHiという場に集ってほしい。そうやって、一人ひとりが“自分ごと”としてこの場所を一緒に育てていってくれたら、それに勝る喜びはないですね」(北島さん)
ホテル全体を使いながら、定期的に北陸の文化や産業などを発信していく予定とのことで、来るたびに、いろんな部屋のしつらえや食事、ツアーにワークショップが楽しめるに違いない。
“土地らしさ”と、訪れる人の“自分らしさ”、その2つが混ざった自分だけの旅が、ここHATCHiを拠点に始まっていくのだろう。ときに“保守的”と言われる北陸の文化も、HATCHiがハブになることで、いい意味で新しい風が入るように。「金沢なのに金沢らしくない」、そんな新しいまちの文化をつくる存在になっていくことを期待したい。