なぎ食堂
レポート
2008.05.01
フード|FOOD

なぎ食堂

音楽誌の発刊やレーベルを運営する「map」がベジタリアン定食屋をオープン

どこかレトロな雰囲気の店内。椅子や
テーブルは喫茶店だった時に使っていた
ものを張り替えて使用している。
書籍や「compare notes(コンペアノーツ)」
のCDも販売している。
ランチプレートは3種類のデリ+玄米ご飯
+サラダ+椀物、香の物+ドリンクで950円。
子ども連れでも来店できるよう、店内奥には
座敷が設けられている。
作曲家のイトケン氏の楽曲が聴ける
mp3視聴機。
渋谷区鶯谷町にある「なぎ食堂」は、07年10月にオープンしたベジタリアン定食屋だ。店内には心地よい音楽が流れ、入口正面のショーケースには野菜をふんだんに使ったデリフーズが並ぶ。

同店を運営するのは、小田晶房さん(41)。小田さんは2000年に音楽雑誌『map(マップ)』を刊行。現在は『map』構成員として音楽ライター/編集者として活動を行うほか、インディーズレーベル「COMPARE NOTES(コンペアノーツ)」の運営や、海外アーティストの招聘、イベントのオーガナイズ、アーティストの翻訳本や画集を自費出版するなど、国内外のミュージックカルチャーを紹介する活動を行っている。

「もともと、ちょっとしたライブができて、自分たちのCDや雑誌、本を販売できるような場所を作りたいと思っていたんです。しかしライブスペースは広さや音響の関係で実現が難しかったため、他にあまりないヴェジタリアン仕様の定食屋をメインにすることに決めました。というのも、海外のアーティストにはベジタリアンが多く、来日した際に食事する店に困ることが多かったんです」(小田さん)。

メニューは和食中心で、肉や魚、乳製品など動物性のものは一切使っていない。自ら料理を担当する小田さんも、子供が産まれた2年前からベジタリアンになったという。

「海外のアーティストと行動を共にするうち、僕自身もなんとなくヴェジを始めてみたんです。でも、あれやこれを食べちゃだめという制限は過剰にやりたくない。普通の定食屋でたまたま肉とか魚がメニューにない、程度の風に考えてもらった方がうれしいですね)」(小田さん)。

ランチは日替わりのデリメニューを9〜10種類用意。デリから3種類選択+玄米ご飯+サラダ+椀物、香の物+ドリンクで950円。夜は、それぞれのデリが1皿350円で、玄米ご飯+味噌汁+漬け物のセットを350円でプラスすることができる。取材当日は、ベジミートの唐揚げチリソース味、カボチャの香菜炒め、ゴボウとこんにゃくのコチュジャン炒め、茄子とエリンギのココナッツカレー風味など全7種。「野菜とご飯をがっつり楽しんでほしい」という思いから、ボリュームがたっぷりで、濃いめのしっかりとした味付けにしてあるのが特徴。圧力釜で炊いたもちもちの玄米とよく合う。

渋谷〜自宅付近の学芸大エリアで物件を探した結果、アクセスがよくて賃料も安い現在の物件が気に入り、出店を決めた。店舗面積は14坪、席数は20席。どこかノスタルジックな雰囲気が漂う店内は、以前は27年間続いた古い喫茶を自分たちで改装したもの。壁を珪藻土で塗り、前の店で使われていたテーブルや椅子を張替えて再利用したという。子供連れでも来店しやすいように、奥に座敷席も用意されている。

そしてもう1点、小田さんがこだわったのは、“定食屋”という業態である。

「東京ではそば屋で酒を飲む習慣が一般的ですが、関西では定食屋で酒を昼間っから飲んじゃってる人が結構多かったりするじゃないですか。よく言えばスペインのバールっぽい雰囲気で、ダメな人が夕方から飲んでる感じ(笑)。ここも、そんな風にゆるく飲める店にしたかったんです」(小田さん)。

客層は3:7で女性が多く、20〜30代が中心。周辺にはオフィスや小規模な事務所が点在しているため、平日のランチは満席になることも多いそうだ。レーベルのファンが来店するケースもあるという。ターゲットは特定しておらず、買い物後のお茶に、日常使いの定食屋として、また夜は飲み屋として自由な使い方をして欲しいという。

さらに同店は、『map』の事務所兼アンテナショップとしての役割も果しており、レーベル「compare notes(コンペアノーツ)」のCDや関連書籍はもちろん、雑貨やアートグッズも販売。世界中の音楽ミニコミやファンジン、自費出版物などを販売するネットショップ『Lilmag(リルマグ)』の商品を販売したり、友人がセレクトしたmp3音源の視聴機も設置。単なる飲食店とは違い、ユニークなものとの出会いがあるのも同店の大きな魅力だ。

「若い子たちは、Myspaceをがんがんネットサーフィンしてミュージシャンや曲を探したりするようですが、それでは好きなものばかりを追いかけることになり、昔のアーティストや作品、マイナーなものに意図せずして出会う楽しみがなくなってしまう。昔のジャズ喫茶のように、怖いオヤジに『まず、マイルス聴けよ!』って言われるような場所があってもいいんじゃないかと思うんです。目標はとにかく続けていくこと。店もレーベルもインディペンデントで続けていくことは大変だけど、続けることが最も重要だと思うんです。夢はアメリカのポートランドに2号店を出すこと。税金が安いので、全米からミュージシャンがたくさん集まって来ている街なんです(笑)。あくまでも“夢”ですが……」(小田さん)。

現在インターネットの通信販売に取って代わられつつある、CD・レコード店、書店などの楽しみは、ものやサービスだけでなく、思いがけない人との出会いや体験にあるといえるだろう。そして、同店にはそんなわくわくするような面白さがある。個人が発信するユニークな食堂が、今後どのようなコミュニティを育んでいくのか、注目したい。

[取材・文/渡辺満樹子(フリーライター/エディター)+『ACROSS』編集部]


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