ニール・アームストロングが月面に立ち、ウッドストックが開催され、「8時だヨ!全員集合」が始まった1969年に、目黒に創立されたホテル「ニュー目黒」。2003年にリノベーションされ、「CLASKA」として生まれ変わったこのホテルには、外国人クリエイターの投宿も多い。そんなホテルから、バイリンガルの東京ガイドブック『TOKYO BY TOKYO』が発行された。
「CLASKA」の内外装を手掛けた鄭秀和、市井の人の暮らす部屋を撮影した『TOKYO STYLE』の都築響一、そして現在の東京を代表するクリエイターである野村訓一や幅允孝ら総勢67人が各自、東京のお薦めスポット3カ所を短いテキスト(英訳付き)とともに紹介している。挙げられる場所は公園やショップのほか飲屋街や人形劇場、東京三大豪華絢爛トイレなど、およそ普通のガイドブックには載っていないようなところも多い。
「東京を訪れる外国人の数は年間数百万人。昔から比べると今はwebで基本的な情報は知っているから、日本マニア度は上がっているんですよね。例えば浅草寺といっても、当然知っている。だから外国人向けというフィルターをかけた瞬間に、届けたい層に刺さらなくなってしまうと思ったんです」と言うのは「CLASKA」のメディア部門責任者で、この本の編集を手掛けた牛久保暖さん。
そこでふつうに日本人に向けて、それも自分の友だちに最近面白いと思うところを教えるような感じ、というのをコンセプトとしたバイリンガルな東京ガイド本を企画した。
「“人”を切り口にしたのは、旅先に案内役となる友達がいるかのような雰囲気にしたかったからです。自分が旅する時、それが一番いいですよね。それを単純に英語にすればいいんじゃないかと。『wallpaper(ウォール・ペーパー)』や『Timeout(タイムアウト)』のガイドブックは情報をブランドで担保していますけど、これは“人”で担保しました。自分と似た職業の人が薦めるものを見てみるとか、“顔が見える”SNSのようなイメージですね」(牛久保さん)。
外国人宿泊客からフロントへのリクエストとして多かった、“クリエイティブなものに触れられるスポット案内”にもピンポイントで回答した本書は、外国人からの評判が高く、売れ行きも好調だという。
紙面ではガイドブックにつきものの基礎会話や換金レートといったwebでも得られる情報は省かれ、スポット案内用の地図も見当たらない。地図の代わりにあるのは、グーグルマップで検索するための緯度と経度が数値で表されたデータ。この数値をグーグルマップのアドレス検索にかけると、その場所が一発表示される仕組みだ。これはwebで補完できるものはwebでというコンセプトと同時に、アルファベット入力では住所検索できない日本版のグーグルマップ上で、日本語のできない外国人が簡単に地図を得られるようにとの配慮だ(日本版のグーグルマップは主要駅の名称は英語対応している)。また、地図へのアクセスデータとともに掲載されているのが「近傍スポット紹介」という項目。これは緯度と経度のデータから割り出した、当該スポットから最も近い5つのスポットを距離で表したものである。
「地図を載せないかわりにこういうのをやりたかったんです。人で分けた時にここは興味があるけどここは見ないとか、たこ壷的になるのは嫌で。例えばこの人が薦めているところから200mも離れてない所をまったく属性の違う人が選んでいるとか、そんな関係を街の上でレイヤーしたかった。緯度経度だけ決まれば、相対間距離が総当たりで計算できるので、近いところベスト5を抜き出せる。これは今までなかったものができるんじゃないかと。ふつうに本を作るんじゃなくて、技術的に新しいこともやりたかったんです。この本は実はiアプリに展開することも想定して作ったんですけど、今、実際にそんなご提案もいくつかいただいています」(牛久保さん)。
牛久保さんが、テクノロジーを意識した背景には、大学卒業後7年間ソニーに勤務した経歴があるからだろうか。本づくりにおいては、大学時代に仲間と創刊したインディーズマガジンの『モンスーン』や、イデーの『sputnik(スプートニク)』などで編集に携わった経験がベースとなっているのだそうだ。
「周りの人はまた僕が本を作ったので驚いてますけど、僕は本の良さというものがあると信じてるんです。ガイドブックはホテル業務というバックグラウンドもあるし、モノとして置けるのはやはり強い。海外から来るお客さんの場合、まだスマートフォンなどでローミングでは限度もあるからモノになってた方がいい。だから本であること、ハンディでまとまってることっていうのは意味があるかなって思ったんです。本は発注さえあれば、どんな田舎の書店にも届きますからね」(牛久保さん)。
本書の出版は「CLASKA」としてなにかプロダクトを作る、という発想からスタートしている。ホテルというロケーションビジネスから一歩踏み込んで、来なくても楽しめるものを提供する、という考えだ。
「クラスカがつくったモノが外に出ていくことで、そのモノたちを通してクラスカの情報発信になれば」と牛久保さん。その他にも“情報発信”という意味では、去る7月3日(金)に、異業種で活躍するクリエーターを集め、夜のフリーマーケット「お買い物しナイト」をプロデュース。音楽レーベルのW+K東京やKiKi inc(キキ)、アーティストのキャンドルジューン、プレスオフィスの4K、オンラインストアの『フィナム』、スタイリストの長山智美さんなど24のブースが設置され、約1,500名を越える大勢の人で賑わった。
ちなみに次回のイベントは、講談社モーニングで大人気連載中の漫画「へうげもの」の第9巻の発売を記念したイベント「暮らすか〜CLASKA meetsへうげもの〜」が開催される予定だそうだ。
今後はオリジナルのプロダクトやイベントを企画する一方で、日本の本当にいいものを集めた外国人向けの土産物屋も考えているという。そんな企画の第一弾として、奇しくも日本独自の新書サイズに包まれ、手元に届いた本書にはホテル発の新たな試みが詰まっている。
[取材・文/瀬尾秀男(フリーライター)]
■『TOKYO BY TOKYO』Claska(クラスカ)編/日販アイ・ピー・エス(1,260円)
レポート
2009.07.24
カルチャー|CULTURE
TOKYO BY TOKYO(トーキョー・バイ・トーキョー)
“人”を切り口にした東京ガイド本
カルチャークリエイティブがターゲット
〜外国人観光客も細分化の時代〜
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