お客が自ら料理を作って食べる、という究極のセルフサービス飲食店、その名も「清貧(せいひん)」が東京・中野区にある。丸ノ内線新中野駅から300m弱、青梅街道沿いのオフィスビルの1階に店を構えている。
「清貧」という店名から小さくてつつましやかな佇まいを想像したいところだが、約50席となかなかの規模。内装も手作り感のあるシンプルな作りではあるが、チープさは感じさせない。
システムはというと、客は入店時に簡単な会員登録をした後、カウンターでドリンクをオーダーし、“MY伝票”を受け取る。食品棚や冷蔵庫、冷凍庫に並んだ食材にはそれぞれ価格シールが貼ってあり、客がセルフで選んだ食品の価格シールを伝票に貼り付けていく。ドリンクも同様で、このカードに貼られたシールで精算をするというシステムだ。
厨房への出入りは自由で、客は勝手に料理を作り、客席で食べることができる。元飲食店だった店舗を居抜きで使用しているため、厨房や調理器具類は本格的な業務用。調味料、食器なども、客が備品の中から選んで使用する。料理に用いた調理器具や食器類も客が片付けるが、洗浄と消毒は店側が行う。厨房付近にはスタッフがいるので、分からないことやヘルプが必要な時には手伝ってもらうことも可能だ。
卓上ガスコンロやたこやき器など調理器具のレンタル(100円〜)や、鍋の素などの既製品も用意されているので簡単に料理を済ませたり、スナック類や缶詰など、そのまま食べられるつまみや乾きものも充実しているので、料理をせずにただ飲んで食べるだけでもいい。
価格設定は食材/ドリンクともにかなり安め。食材の価格は100円未満のものがあるなど小売店の店頭でみかける値段と大差なく、商品によってはむしろ安いくらいの水準である。
ドリンクなら例えばビール中ジョッキが199円〜、焼酎は99円〜と、かなり思い切った料金設定。メニューも毎月ウイスキーや梅酒といったテーマを打ち出し、こだわりの銘柄を揃えるなど、安いだけのセレクトではない。一般的な居酒屋に比較しても充実していると言っていい。別途30分200円がチャージとして加算されるが、上限は1,600円で、学割(上限1,200円)も設定されている。
実際に広い厨房で料理づくりを楽しんでいる客の様子を見ていると、自宅キッチンなどで料理をする時とは違った高揚感のようなものが感じられる。完成した料理を楽しんだ後は客席に持っていき、使った食器も自分たちで下げるのは、ホームパーティをオープンにしたような雰囲気だ。
店主の“おやじ”さんによれば、この「清貧」のコンセプトは“都会のキャンプ場”なのだという。
「もともと50歳になったらキャンプ場をやろうと思っていたんです。自然に触れる環境が好きだし、遊び場を作りたかった。たまたまこのビルを所有している会社の株主さんと知り合って、飲食店をやってみようと思う、と相談してみたところ、そういうことなら夜だけでいいなら安く貸してあげるよ、と提案して頂いたことから出店が実現しました。夜7時までは上の会社が打ち合わせスペースとして使い、夜7時から朝6時までは僕がお店で使う、という形で空間をシェアすることで、好条件で貸していただくことになったんです」(おやじさん)
おやじさんには飲食ビジネスの経験はなく、調理の経験もない。なるべく少人数で運営できる仕組みを考えているうちに、いずれやってみたいと思っていたキャンプ場のように自由な空間で楽しめる店はどうか、と考えたという。
「厨房スペースがかなり広いので、お客さんが自分で料理を作って食べるというスタイルだったら、料理ができない僕でもお店が出せるんじゃないか、と考えたんです」(おやじさん)
飲食店でお客さんが調理するというシステムは前例がなかったため、保健所の認可を受けるのには苦労もあったという。保健所の担当者と共に試行錯誤した結果、最終的に食材は販売すること、お酒はセルフではなくお店から出すこと、という条件で許可が降りたという。