東京・渋谷の明治通り沿いにある商業施設「cocoti(ココチ)」から、青山通り方面へと続く道を入ると、築50年ほどの古い美竹野村ビル(TOC第2ビル)がある。入居しているのは、1階路面店にはカフェ「ON THE CORNER-NO.8 BEAR POND(オンザコーナー ナンバーエイトベアポンド)」、2階にはアートギャラリー「SUNDAY ISSUE(サンデイ・イシュー)」とシェアオフィス「partyground(パーティグラウンド)」。運営するのはいずれも株式会社partycompany(以下、party社)で、これらは2010年7月に複合プロジェクトとしてオープンした施設である。
同社の代表を務めるのは、家入一真さん(32歳)。レンタルサーバー「ロリポップ!」などのIT事業を手掛けるジャスダック上場企業「株式会社paperboy&co.」の創業者・元代表だ。家入さんは、デザイン会社やコンピューターのシステム会社を経て2001年に独立。2008年社員向けにとカフェ「HI.SCORE Kitchen(ハイスコアキッチン)」を手掛け、その面白さに引き付けられたことから飲食事業を本格的に手掛けることを決意。2010年4月にparty社を設立し、代々木上原のレストラン「入 iri(いり)」、中目黒にあるカフェ「中目黒LOUNGE」など現在は6店舗を展開するまでになった。
今回、カフェ、ギャラリー、シェアオフィスを1カ所で展開した理由として、
「これまでオープンしたカフェは、いずれも当社オフィスから離れた場所にありました。ですから、僕らの居場所であり総本山となる場所を作ることにしたんです。ちょうど物件が見つかったので、1階にカフェ、2階に当社オフィスと以前から挑戦したかったギャラリーを開くことに。オフィスは当社だけで使うには広すぎたので、出資している事業主や一般の方に解放するシェアオフィスにしました。打ち合わせでカフェを、インプットするためにギャラリーをと、人の流れを考えると複合することでおもしろいことができると思います」(partycompany社・取締役会長、ファウンダー/家入一真さん)。
「人が集まれる場所を事業としてつくりたかった」と家入さんは語る。人が集まることで話したり、刺激しあえたりでき、その会話のなかから新しいビジネスが生まれたりするのが好きなのだそうだ。
文化発信地である渋谷のなかでも物件の決め手になったのは、通りの角に位置していたこと、物件の古さがイメージ通りだったこと、渋谷・青山・原宿からの人の流れがあることなどから。東京メトロ渋谷駅13番出口から近いため、雨でも客足は遠のかないそうだ。
「ON THE CORNER-NO.8 BEAR POND」は、ニューヨークにある昔ながらのカフェをイメージ。アメリカでは早朝から店が開いていて、年寄りも若者も隔てなくコーヒーを飲んでいる。その光景が日本ではファミレスで見られるため、かっこいいファミレスでありたい、どんな方にも気がねなく使ってもらいたい、という思いがあるそうだ。多様なカルチャーがある渋谷に合うように、フードメニューは多様な食文化を取り入れた。主なメニューは、「ブレンドコーヒー」(380円〜)、「ニューヨークスタイルピザ」(1,000円)、ブレックファストメニュー「パンケーキ」(650円)、ランチ「彩りキーマカレー」(850円)など。席数70、広さ40坪。
シェアオフィス「partyground」は、人と人とのつながりをコンセプトにしているため、デスクには仕切りを設けていない。間仕切りにガラスや木材を用いることで、ナチュラルで明るい雰囲気と、空間に広がりを持たせた。共有の会議室のほか、コピー機などを使用可能。カフェとオフィスの内装デザインは「トリップスター」が手掛け、2カ所の空間に食い違いが無いようにしたそうだ。使用料(1 席月額)は固定席50,000円、オープンデスク25,000円、管理費(1 席月額)は固定席5,000円、オープンデスク3,000円、設備使用料(1 席月額)は固定席3,000円、オープンデスク2,000円の基本料に、複合機の利用枚数に応じた料金が加算される。
「SUNDAY ISSUE」は、太田メグさん(32歳)がディレクターを務める。展示スペースのほか、古書販売、バーカウンターもあるのが特徴だ。アート、本、お酒のそれぞれに興味がある人たちがゆるやかに集まれる場にすることで、どんな人でも入りやすいようにしたそうだ。アートに触れられるのはもちろんだが、訪れた人が自分自身と向き合ったり、何かを吸収してほしいという。人と本が出会う偶然を演出するユニット「ブックピックオーケストラ」が古書をセレクトし、展示内容によってセレクションを変えるなどの工夫がされている。展示やイベントが行われたアーティストはCocoRosieのビアンカ・キャサディ、タムくんことウィスット・ポンニミット、デイジーバルーンなど。アーティスト選びでは、「業界にとらわれず、多角的な視点で選んでいます。例えば「タムくん」は漫画家でもありミュージシャンでもあるように、ジャンルや業界の境目がないアーティストが多い傾向があります」(ディレクター/太田メグさん)。席数は17、広さ28坪。
カフェの来客層は、20代後半〜30代が中心。無線LANを完備しているので、フリーランスのデザイナーなどのクリエイティブな職業に従事する人たちや、個人事業主たちがパソコンで作業したり、ミーティングしたりする姿も多いそうだ。ギャラリーの客層は展示やイベントにより異なるが、20代〜40代までと幅広い。古書を探しに来る本好きの来店も目立つ。TwitterやHPなどから情報を得て訪れる、目的客が大半だ。シェアオフィスの契約者層は30代と40代が中心。1〜2人単位のSOHOが大半で、職種はアパレル、映像制作、飲食と多彩という。また、偶然にも同ビルの4〜10階は、クリエイターを中心にSOHOが入居しており、彼らもカフェやギャラリーに足を運んでいるそうだ。
「僕らくらいのアラサー世代は特に、大企業で一生働くという価値観が薄れてきていると思います。大企業をつくりたいというまでの巨大な野心ではなくても、1〜2人程度でまず独立している人が多いですし、僕の周りでもそういう人が増えています。そういう方が仕事をするには机が1つあれば十分。でも、家で仕事をするには寂しさがあるし、発想も広がらない。シェアオフィスという形態と相性がいいのも納得できます」(家入さん)
就職氷河期に社会人となり、再びリーマンショックによる経済危機を受けるなどをしてきた現在の30代。成果主義の導入や終身雇用が揺らいでいる背景により、もともと個で動く傾向があるクリエイター層以外でも、自立心ある層が会社に依存しない働き方を選択するのも頷ける。シェアオフィスの「partyground(パーティグラウンド)」は、カフェを展開する同社ならではの開放的でスタイリッシュなワークスペースが特徴だが、そんな「オフィス×デザイン」の要素が、アラサー世代の働き方や志向性にマッチしているのだろう。今後こういった、新しいスタイルのワークスペースはさらに増えると思われる。
また、渋谷区渋谷には2012年春に「渋谷ヒカリエ」が完成予定。完成すれば、さらにビジネスマン人口は大幅に増えると思われる。大手企業からSOHOまでの多様な働き方が点在するオフィス街になるだろう同エリアの今後の活気に注目したい。
「僕自身、美大を目指しても才能が無くて挫折したので、若いクリエイターたちに対してできることをしたい」という家入さん。2011年、新たに会社を設立し、クリエイター向けのファン獲得と創作活動支援のためのマイクロ・パトロン・プラットフォーム「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」をリリースするそうだ。
取材・文:緒方麻希子(フリーライター)