表参道のとんかつ「まい泉」の裏手に、古民家を利用したコーヒー専門店がある。オープンは2011年1月27日。建物は老朽化による建て直しが決定しており、同店は1年間だけのリミテッドショップとなる。オーナーは、同じく表参道のバール&ベーカリー「パンとエスプレッソと」を手がけた名バリスタ、國友栄一さん(37歳)。プロデュースするのは、國友さんも所属する「嗜好品研究所」だ。
『セントラルバンコ』や「イルバール」など、大阪でコーヒーを基軸としたカフェやトラットリア、バールを手がけてきた國友さんは、「パンとエスプレッソと」のディレクターのポジションに呼ばれたことをきっかけに活動の場を東京に移した。その後、同店が軌道に乗り出したタイミングで運営から離れ、キオスク型形式でコーヒーショップを展開する”K-COFFEE”プロジェクトを立ち上げた。そこで出会ったのが、築60年の情緒ある平屋の日本家屋だ。門をくぐると日当りの良い小さな庭があり、「表参道にまだこんな建物が残っていたとは」と驚いたという。同物件との出会いにより表参道で築いた人や地域とのつながりを活かそうと、この地での出店を決意。そしてオープンしたのが、この「OMOTESANDO KOFFEE(表参道コーヒー)」だ。
入り口の小さな庭から縁側を上がると、6畳程の一室にすっぽりと収まる「キオスク」のような箱形の売店が現れ、キューブ型の枠内からバリスタ國友さんが笑顔で迎えてくれる。店名が「COFFEE」ではなく「K」なのは、國友さんのイニシャルと、「KIOSK(キオスク)」のKを掛けたのだそう。キオスク型のデザインは14sdの林洋介氏が手がけたもので、壁や天井をつけたりキューブをいくつもつなげたり、骨格に合わせて側面にガラスを貼ったりと、場所に応じて変幻自在に形を変える。さらにキューブごとそのまま移動できるなど柔軟性のあるデザインだ。
メニューはコーヒーのみで、テイクアウト専門という潔さ。席を作れば、パスタやケーキなど、付加価値をつけなければならなくなる。そうすると中途半端な料理ではレストランにはかなわなくなり、「美味しいコーヒーが飲める店」という軸がぶれてしまう。コーヒーという専門性の高さを保つことを重視した結果、その答えは極めてシンプルだったのだ。
「たとえば打合せがてらコーヒーを飲む場合とか、ゆっくり会話を楽しみたいという人はカフェへ行くし、逆に本当のコーヒー好きや、美味しいコーヒーを飲みたい人はちゃんとしたコーヒーを出す専門店に行く。選択肢が多い東京・表参道という街で、消費者の多様なニーズの中から見ても、もっと気軽にこだわりのコーヒーを飲める店があってもいいのではないでしょうか?」と國友さんは話す。
メニューは、表参道コーヒー・ホット(350円)、エスプレッソ(250円)、カプチーノ(400円)。価格は相場の約半分ほどに設定している。
「コーヒーは、好きな人なら毎日飲むもの。そのためには適正価格で提供することが大事だと思っています」(國友さん)
「パンとエスプレッソと」ではイタリアの豆を使用していたが、同店では京都の老舗・小川珈琲の豆を使用。近年、日本の焙煎技術が高まっており、新鮮でちょうどよいエイジングの頃合いで提供できることが、国産豆を使用するメリットなのだとか。意識しているのは、「苦いコーヒーではなく、濃いコーヒー」を提供すること。そっと差し出されたエスプレッソを口にすると、これまで抱いていた「エスプレッソは苦い」というイメージは、見事に覆された。
コーヒー以外には、表参道コーヒーで使用している、小川珈琲の豆も店頭で買うことができる(100g 500円)。またオリジナル菓子の「ベイクドカスタード」(1個160円)も販売する。お茶に「お茶菓子」があるように、コーヒーにも「コーヒー菓子」があってもいいのでは、という遊び心から生まれた商品だ。シルエットは、コーヒーを飲みながら片手でつまめるキューブ型。表面はキャラメリゼされて香ばしく、中はカスタードでフランス菓子のカヌレを思わせる食感が特徴だ。ギフトサイズの5個入り(800円)もあり、手みやげにも人気だとか。
客層は、平日は近隣に勤めるアパレルやデザイン関係、美容室スタッフなどが中心で女性8割、男性2割。出勤前や仕事の合間に利用する人が多いという。口コミで情報が広がり、週末は遠方から訪れる人も。客数は平日で約100名、週末はその倍にもなる。
「当初は、コーヒーだけで本当に大丈夫なのか、多少の不安はありました。コーヒーが飲めない人のために紅茶やジュースもメニューも加えようか、かなり悩みました。でも結果としていま表参道コーヒーに来てくださるお客様は、最初から“美味しいコーヒーが飲みたい“という目的で来られる方ばかりです」(國友さん)
そして、同店ならではのサービスとして特筆すべきなのが、味のカウンセリング。國友さん自らがマンツーマンでお客さんの好みを聞きながら、ひとつひとつコーヒーの濃さや苦さなどを調整し、好みに合ったコーヒーを提供するという熟練のバリスタならではのサービスだ。「白衣」と称する國友さんのユニフォームからもイメージできる通り、その様子はさながら調剤師のようである。
「たとえば好きな香りの入浴剤を購入したら毎晩のバスタイムが楽しみになるように、コーヒーという日課が楽しみになれば、生活が豊かになると思うんです。生活のヒントを与える店は今の時代に必要です。そんなニュース性のある店は、人と人をつなぐツールになるとも考えています。今後も誰かに教えたくなるような、話題になる店づくりを目指していきたいですね」(國友さん)
今回の出店をビジネスモデルとし、今後さまざまな場所・ケースでの出店を目標とする。ケータリングや豆の販売など、活動の幅は今後ますます広がりそうだ。
[取材・文/皆川夕美(フリーライター)+『ACROSS』編集]