古い建物をリノベーションした個性的なオフィスや商業施設が生まれ、活性化が進む東京23区の東東京(イースト)エリア。中でも東神田エリアはその中心として早い時期から注目を集めてきたが、ここで働くクリエイターや地元住民をつなぐサロンとして存在感を発揮しているのが、2009年オープンのOnEdrop Cafe.(ワンドロップカフェ)だ。
ロケーションは岩本町の繊維問屋街の近くで、通称・大門通り沿い。地下鉄・JR合わせて周囲に9つの最寄り駅がある、利便性の高いエリアだ。2011年5月にショップ/オフィス/ギャラリーの複合施設・starnet東京(東京都千代田区東神田1-3-9)が開業するなど、今もなお新しい動きが生まれ続けている。
元は自動車の整備工場であったという店内は天井が高く、床面積100平方メートルという広さを活かし、ソファ中心のゆとりのあるアレンジ。内装はベースの建物の風合が程よく残され、オーナーの個人的な感覚が生かされている印象だ。居心地のよさもあってか、昼間はここで仕事をするいわゆるノマド・ワーカーの姿も見られるという。
夜間にはライブやワークショップ、落語会といったイベントをコンスタントに開催している。「日本酒の会」やスティールパンのワークショップなど独特のラインナップが特徴で、継続的に開催して固定ファンを掴んでいる企画も多い。近隣エリアのクリエイティブ系ワーカーから地元住民など、幅広い客層を巻き込んだコミュニケーションの場となっている。
このエリアで “人と情報”が集まるカフェとしてはフクモリ(東京都千代田区東神田1-2-10 泰岳ビル1F )がよく知られているが、こちらはFOILやTARO NASU(竹澤ビル)のような近隣のアートギャラリーなどと合わせて訪れるエリア外からの来街者が多く訪れている印象がある。ワンドロップカフェはやや地元感が強く、コミュニティの中で使われるスペースとしての性格が強いようだ。
オーナーの小松俊之さんが学生だった90年代、美容室とカフェと雑貨、アパレルのショップが集まったビルがあり、そこをサロンのようにして地元のクリエイターたちが集まっていた。当時学生だった小松さんは、そこに集まる大人たちの働き方や遊び方に影響を受けたという。
「それぞれ違った分野で頑張っている人が集まっていて、しかも東京や世界につながっているのが垣間見えて、カッコいいなあと思っていました。人と人、モノや情報が出会ったり、そこに集まる人が何かを発信して、それに気づいた人が次のアクションを起こしていくような、コミュニティの場所を作りたいと思っていました」
大学卒業と同時に上京した小松さん。リクルートで地域振興の仕事に就いていたが、若い頃からのアイデアを実現するために独立。物件を探しているうちに、このビルに出会ったという。ちょうど東神田エリアへの関心が高まりつつあった頃だが、当時は不動産屋などに情報すら出していなかった物件が多く残っていたそうだ。
2004年から2010年にこの周辺で行われていたアートイベント「CET(Central East Tokyo)」から、“CET(セット)エリア”とも呼ばれるこの東神田界隈。創作と表現の場としてこのエリアに注目したクリエイターたちの動きに連動し、このエリアに生まれたリノベーション/コンバージョン物件を「東京R不動産」などが積極的に紹介、より幅広い層がこのエリアに注目するようになった。
「ここは神田祭りのエリアなので、今も地域の結びつきが強いんです。今でも昔の町名で呼ぶ方も多いですよ。ゆるやかな田舎っぽさがあるというか、ローカリティが残っているんです。
今年になったくらいから、この地域の動きが活発になってきたという実感があります。丸の内や大手町など都心で働いている、若い方達が移り住んできています」(小松さん)
周辺エリアで活動するクリエイターたちとのつながりもあり、ワンドロップカフェは2009年のオープン当初からメディア露出も多かった。当時は東京の都心部にありながらローカリティを残していることが非日常感として人気を集めていたのだが、現在は、地元住民とビジターに新しい住民が加わることで新しいコミュニティが作られつつある。
小松さんがカフェと同時に立ち上げた会社の社名を“コミュニティ・ラボ”としたのも、ここをコミュニティづくりの実験場にしていきたいという思いの現れだ。ただ、地域振興の仕事では地域のブランディングやマーケティングを行ってきた小松さんだが、ここではあえてそれをせず、集まる人たちから自然に生まれる動きを大切にしているという。
「地域振興の仕事では、大きなコンセプトやキーワードをディテールに落とし込んでいくような作り方をしていましたが、ここではその逆のことをしたいんです。例えばここでイベントや展示をしたい、という希望もよく寄せられますが、基本的には僕個人の好みで判断せずに何でも受け入れるようにしています。自然発生的なネットワークを大切にしたいんです」(小松さん)
さらにツイッターなどのソーシャルメディアで知り合った同年代のカフェオーナー同士からネットワークが生まれ、アーティストを紹介しあうなどの動きも生まれているという。
「お店をやっているおかげで、人との縁のつながりも逆に濃くなっている気がしますね。出会うべき人がつながっているな、という実感があります。SNSなどで “そことそこがつながってるんだ!?”って気づくことが、この2年くらい皆さんの中でも起こっていると思うんですが、そういうタイミングだからこそ、こういう“場”が大切だと思うんです」(小松さん)
小松さんは今後、カフェという営業形態を核としながら、例えば「ワンドロップ・ミュージック」「ワンドロップ・ブックス」のようなレーベル的な活動も視野に入れているという。店から生まれた縁から派生したものが、webやメディアなどへ発展する可能性は十分にある。コミュニティに根ざしたリアルな場所とクリエイターとのネットワークから、大きなうねりが生まれてくることを期待したいところだ。
東京のローカリティに、新しい東京カルチャーがぶつかって生まれる新しい流れ。それが日常の風景となって、独自の新しい文化が熟成されるようになるには5年10年という時間が必要になるだろう。そのリアルな拠点として、ワンドロップカフェのような場所が果たすべき役割は決して小さくないはずだ。
[取材/文:本橋康治(コントリビューティング・ライター)]