東京・表参道沿いのセレクトショップ「ポールスチュアート」脇の路地を入ると、「TOWN DESIGN CAFE(タウンデザインカフェ)」がある。同店は、2010年12月のオープン以来、カフェにさまざまな機能を持たせることで神宮前のまちの活性化を狙うという、ユニークな取組みを行っている。
運営元は、まちづくりの企画開発からコンサルティング、管理運営までを手掛ける、有限会社クオル。同社代表の栗原知己さんは、森ビル株式会社に12年間勤務し、六本木ヒルズやお台場ヴィーナスフォートなどの企画開発を手がけた経歴の持ち主。六本木ヒルズの施設全体にイルミネーションを設置するなどして、商業施設・まちのブランド化を図るという経験を通して、まちに人を呼ぶには、情報発信と訪れた人のニーズを収集する情報受信が必要と考えるようになる。栗原さんは、このタウンマネジメント手法を地方の活性化に応用し、もっと幅広く役立てたいと考えて、2004年に独立。これまで大阪ステーションシティや千代田区淡路町2丁目の再開発のコンサルティングなどを手掛ける。
まったくの異業種であるカフェへの参入は、一見意外に思えるが、これもまちづくりの視点から生まれた事業だという。
「いま、地方都市や商店街の元気がありません。今までも地方の役所や商店会などから相談を受けることが多かったのですが、予算などの制約があり、お手伝いしたくても実現が難しかったのです。そんな中、地方のまちづくりに協力出来るアイディアとしてたどり着いたのがカフェという業態。都心の大規模開発の対極として、ミニマムなコストと空間によってまちのコミュニケーション拠点づくりを実現できるのがカフェだと考えました」(クオル代表取締役/栗原知己さん)。
「タウンデザインカフェ」をテストケースに、カフェから広がるまちづくりの成功事例をつくり、空き店舗利用のスキームなどに活かしていこうと考えている。
出店場所として表参道を選んだ理由は2つある。1つは仕事で出会った原宿二丁目商店会や町会などとの交流から神宮前にかかわりたいと思ったから。もう1つは、表参道はブランド力の高い場所であり、ここで成功事例がつくれなければ他のまちでの応用はできないと考えたからだという。
同店を通じて目指すコミュニティの姿を栗原さんに尋ねると、「神宮前の町会が感じている危機感は、居住者が減少していることと、高齢化が進んでいるということです。若者のまちというイメージがありますが、それは昼間に訪れている観光客や買い物客、働く人たちで、実際にまちを支える人々との間にはギャップがあります。でもこれは、神宮前だけではなく都心に共通するテーマ。それこそ震災など防災活動の中心になるのは居住者ですが、そこに働く人らが繋がる仕組みがありません。当店で人がつながれるテーマのイベントを定期的に行い、垣根をこえた交流ができるようにしていきたいです」という。
以前スウィーツ店だった物件を居抜きで使い、栗原さんが内装設計を手がけた。全75平米、席数は30。入口脇のカウンター周辺には、ファッション・アート・グルメなどの神宮前のスポットが紹介された、雑誌記事を貼っている。カフェ壁面には縦170cm×横300cmの神宮前1〜6丁目を網羅した地図「タウンボード」を設置。ペンやメモが用意されてあり、客がオススメスポットなどを自由に書き込んで貼ることができる。これは、いわばアナログな“Twitter(ツイッター)”で、美容師がサロンを紹介しているなど多彩なつぶやきが見られる。記事も地図も、まちの回遊に役立ててもらうそうだ。また、店内に設置した棚はシェルフショップで、クリエーターなどに1段ずつ貸出して作品販売や展示を行っている。また、無線LAN、iPad、ホワイトボードや8人までが使えるミーティングテーブルも完備しており、ミーティングやワークショップへの貸出しにも対応。弊誌でも紹介したシェアサイクル「cogicogi(コギコギ)」のポートでもある。
食材はすべて、神宮前にある商店などから仕入れてメニューに活用する “地仕入地消”をコンセプトにしており「小池精米店」の米、「パンとエスプレッソと。」のパン、「松本青果店」の野菜などを使用。主なメニューは、「神宮前ブレンドコーヒー」(300円)、ランチの「チャバタで挟んだサンドイッチ」(500円)など。
客層は男女比3:7、20代〜30代が中心だ。平日は美容師やアパレル店員などの近隣の働く人、土日は地方観光客やショッピングで来街した人など。イベントの参加者は内容により異なるが、23区内広域から訪れているという。集客にはホームページのほか、2カ月に1回発行するフリーペーパー「TOWN DESIGN CAFÉ NEWS」を用いている。同紙は神宮前1〜6丁目にポスティングと新聞折り込みで配布しているという。
3月11日の東日本大震災時には終日営業し、帰宅困難者支援カフェとして固定電話を開放したり、おにぎりを配布したそうだ。
自主企画による「まちづくり」をテーマにしたトークイベントのほか、持込み企画によるイベントも行っており、これまでろうそくの炎のもとで朗読を行うイベントや、シェアサイクルで巡る表参道ご当地ガイドツアーを行った。
「2000年以降、GMS(ゼネラルマーチャンダイズストア)が日本全国に行き渡り、ワンストップですべてが揃う利便性が追求されてきました。しかし最近ではその一方で、まち歩きの価値が見直されてきています。テレビ番組でも「ちい散歩」「空から日本を見てみよう」「ブラタモリ」などがあるのも、その現れではないでしょうか。戦後の何も無い状況から、日本人のライフステージは上がってきました。しかし物質的に豊かになる一方で、多くの人は個人でも、社会全体としても精神的な豊かさは感じていないのではないでしょうか。そういった背景から、希薄化してしまった人間関係や、失われつつある地域コミュニティを取り戻そうと、パブリック=まちへと人々の興味が向かっているように思います」(栗原さん)
3.11の震災を経て、都市部や地方都市でのコミュニティ再生に向けた新たな仕組みづくりが盛んになるなか「人がつながることに重きを置いたまちづくり」の動きは今後も各地で活性化していくと思われる。同店の多様な取組みによってまちづくりがどう活発化していくかに期待したい。
取材・文 緒方麻希子(フリーライター)