同店が位置するのは、1970年頃まで「柏木」と呼ばれていた北新宿〜西新宿の一角。新宿の繁華街の近くにありながら、大通りの裏路地に小さな商店街や飲食店が点在しており、どこか昭和の面影を残すエリアだ。
目印は昭和シェルマークを模した看板と、NORDISK(ノルディスク)製のティピテント。さらに、給油スペースにはベンチとタープが設置され、まるでキャンプ場のような異空間になっている。もともと、個人経営のガソリンスタンドだった物件をリノベーションしている。
企画・店舗デザインを含む総合プロデュースは、数多くの人気カフェを生み出して来た生活スタイル研究所。運営は、カフェを中心とした飲食店・複合施設の経営・コンサルティングを行う(株)ダブリューズ・ カンパニー。2社は、六本木アークヒルズにある「ARK HiLLS CAFE(アークヒルズカフェ)」、豊洲の「CAFE;HAUS(カフェハウス)」、恵比寿「CAFE PARK(カフェパーク)」ほか、都内5店舗、大阪1店舗を展開しており、カフェを通したコミュニティとまちづくりを行っている。例えば「アークヒルズカフェ」は、商業施設の中央広場を活用したオープンカフェ。各種サービス、イベントなどを通して人が集まる拠点を作り、周辺エリアの住人をつなぐ結節点を目指している。そんな同社にとって、商店街という立地、さらにバー業態での出店は新たな試みである。
「繁華街の近くにありながら、昭和の人情味を残すこのエリアの雰囲気が気に入り、古い物件を生かして店を作ることで、何か面白いコミュニティが生まれるのではと考えました。とはいえ、使えるスペースが限られているので、調理の必要がないバー業態で出店することに決めました」(ダブリューズ・ カンパニー経営戦略室・石渡康嗣さん)
敷地の広さは30坪で、バー部分は5坪。事務所と倉庫の間にあった壁を壊し、新たにバーカウンターと棚、椅子を設置したシンプルな設計だ。
「物件を見てイメージしたのは、アメリカや南米の片田舎にありそうなガソリンスタンド。ちょっとくたびれた、狙って作ることのできない、建物そのままの雰囲気をできる限り残すように心がけました。外にはベンチとテント、ワイン樽を設置し、まったく新宿らしくない異空間をイメージしました」(石渡さん)
お酒のメニューは100種以上を揃え、特にラムとテキーラは約40種ずつと充実。ラムはキューバ、ジャマイカ、プエルトリコ、ベネズエラ、グアテマラ、タヒチ、さらにテキーラはブランコやレポサドなど多彩に揃える。価格はビール・テキーラ・ラム全て500円〜。
客層は30代〜40代が中心で、男女比は6:4。アウトドアの気軽な雰囲気もあってか、近隣の住人がふらりと訪れたり、周辺のオフィスワーカー、新宿近辺で飲んだ後の40〜50代のビジネスマンも来店する。また、同店のツイッター告知を見て来店する30代層も少なくないという。バー営業は17:00〜で、昼はランチボックスの販売も行っており、近隣のオフィスワーカーを中心に賑わっている。
「3.11の震災後、飲食店に人が入らなかった時期も、やはり地元のお店には人が集まっていて、カフェやバーは、会いたい人に会いにいく場所、そして安心感が求められる場所だと実感しました。ここには元のオーナーさんが昔から培ってきたコミュニティがあり、今はそこに入れてもらっている感じですね。オープンして間もないですが、新しいお客さんはもちろん、地元の人から愛される店を目指したい。Fill up(=満タンにする)の店名のように、街の人たちのお腹や心を満たす場所になれれば」(石渡さん)
ちなみにお店にも顔を出すという元オーナーは、店の目の前で自転車店を営業中。ガソリンにかわってタイヤの空気を満タンにしているのだそうだ。
都心や地方都市でも均一化が進み、個性や活気を失いつつある昨今、若者を中心に再開発が進むCET(セントラルイースト東京)エリアのように、地域の特色を生かしたリノベーションや、そこから派生するオルタナティブなコミュニティが注目を集めている。特に震災後には、地域や人のつながりを視野に入れた、新たなしくみづくりの動きが各地で活性化している。同店が目指すように、今後も地域周辺の住人、働く人、新たなビジターをつなげる”場所”が、希薄化するコミュニティの再生や地域活性化のカギになりそうだ。
取材・文 渡辺マキコ(フリーライター)