ここ数年で一気にブームとなったのが、スペシャリティコーヒーやナチュールワイン、地ビール、ビーントゥバーチョコレートといった、栽培管理や生産、選別や品質管理などにこだわった嗜好品の数々。産地の特徴や風味の良さを味わえるのが魅力で、取扱い店舗や専門店も増えている。そんななか、少し遅れて話題になっているのが日本人にいちばん身近な“日本茶”だ。
そのきっかけのひとつが、2017年1月に三軒茶屋にオープンした、ハンドドリップ日本茶専門店「東京茶寮(トウキョウサリョウ)」だ。経営するのはデザイン会社「LUCY ALTER DESIGN(ルーシーオルターデザイン)」。コーヒーのように、バリスタがハンドドリップスタイルで抽出する日本茶の新ブランド『green brewing』の旗艦店となる。2017年11月には日本全国の煎茶を扱うシングルオリジン煎茶専門店「煎茶堂東京(センチャドウトウキョウ)」も東京・銀座にオープン。共に話題となっている。
今回、日本茶専門店という業態をオープンするまでの経緯を、取締役で同店のディレクターである谷本幹人さんに伺った。
「コンセプトは、日本茶を淹れる時間やプロセス自体を楽しむこと。例えばスペシャリティコーヒーは素材のトレーサビリティを重視していて、淹れるときの豆の膨らみや香り、全てのプロセスを含めておいしいと感じます。いま世界は物質的な欲求から、精神的な充足に向かっているように感じていて、コーヒーをはじめとする嗜好品の細分化が進んでいる。そんななか、注目したのが日本茶です。日本茶には伝統的な茶道という世界と、手軽なペットボトル飲料という世界が二極化している状態。情緒飲料として、まだまだ可能性があると考えたんです」(谷本さん)。
「LUCY ALTER DESIGN」は「体験をデザインする(make experience)」を標榜するメーカーとして2015年に創立。スマホを使って自宅で“ひとり映画館”が手軽に楽しめる「SOLO THEATER (ソロシアター)」を発表し、ネット上で話題になった。
「デザイン会社としてやりたいのは、世界に胸を張って出せるグローバルプロダクトを作るということ。日本茶を現代に再解釈し、“こんな日本茶があったらいいな”と逆算してアイディアを出していきました。2016年にまず“日本茶専用ドリッパー”と茶葉のブランドを発表し、その後それを体験できる場所として『東京茶寮』を作りました」(谷本さん)。
白い陶器製の専用ドリッパーに茶こしを乗せ、茶葉を入れる。お湯を注いでからじっくりと茶葉がひらくのを待ち、最後にドリッパーを持ち上げてお茶を抽出する。ドリッパーはお湯が流れ落ちない構造になっていて、従来の急須では見ることができない茶葉の変化や、ふわりと立ち上がる香りを楽しむことができる。
同店で扱うのは、通常はほとんど流通していない単一農園・単一品種の「シングルオリジン煎茶」のみ。谷本さんは、全国各地の市場に足を運び、各産地を訪れて話を聞きながら買いつけをしたという。
「現在、流通するお茶のほとんどはブレンドされていて、味のバランスや品質が安定するというメリットがある一方、品種そのものの良さが伝わりにくいというデメリットもあります。シングルオリジンの良さは、バラエティに富んだ個性的な味わいが楽しめること。旨味や味わいだけでなく、茶葉の色や形、品種名が面白いなどストーリーがあるもの、生産者の想いが乗っているものを選んでいます」(谷本さん)。
例えば、京都府・宇治の「Z1(ゼットワン)」や静岡県静岡市・新間一色の「いなぐち」など、珍しい品種も。現在は11都府県、約30種のシングルオリジン煎茶をセレクトし、季節や収穫状況に合わせてラインナップしている。
「農家さんはお茶を出荷したら、その先にどのように消費されているのかを知らないことが多いそうです。“飲んだ人の反応や感想を直接知ることができて嬉しい”と言っていただける農家さんもいて、新しい試みを歓迎してもらえていると感じます」と谷本さん。
メニューは、月替りの煎茶8種から選ぶ「煎茶2種飲み比べ+お茶菓子のセット」(1,300円)と「煎茶1種+お茶菓子のセット」(800円)のみ。お湯の温度を1煎目(70℃)、2煎目(80℃)、3煎目(80℃〜)と変えることで、品種による味の違いや変化が楽しめる。一煎目は、アミノ酸の甘みや香りを楽しむためにワイングラス型の器、続く二煎目は、取手のついたマグカップでいただくスタイル。共同開発のお茶菓子は、「ほうじ茶ブラマンジェ」や「香るおはぎなど」体に優しい素材を使ったものが中心で、お茶とのペアリングが考えられている。
真っ白な壁に囲まれた10坪の空間は、中央にコの字カウンターのみというシンプルな構成。ドリッパーや茶器も、モダンなライフスタイルに合うように、サイズや使用シーンを想定してデザインされている。
「お茶の既成概念を変えるようなピュアな白と黒を使い、全体をマットな質感で統一し、引き算のデザインをすることで、インフォメーションをお茶だけにフォーカスするようにしました。実際に30cmの範囲で見た時に、“ああこんな質感や色合いがあるんだ”と、白と黒以上のものを感じてほしい。例えばインスタグラムを見て訪れて、そんな“体験”があるかどうかで、熱っぽいシェアにつながると思うんです(笑)」(谷本さん)
メインの客層は20-30代の男女。外国人が4割と多く、国内も遠方から多数が訪れる。国籍は台湾や北米、ヨーロッパ圏が中心で、特にアジア圏ではインスタで知って訪れる人が大半で、そのほかは『Forbes(フォーブス)』、『Lonely Planet(ロンリープラネット)』などの記事を見て訪れる人も多い。もうひとつの特徴は、意外にもコーヒー好きが多いということ。
「もともと若い世代のサードウェイブコーヒーが好きなインフルエンサーをターゲットにしていますが、実際にハンドドリップのデザインに注目して、そこから日本茶に興味を持っていただく方も多いですね」(谷本さん)。
ちなみに三軒茶屋を選んだ理由は「“茶”がつくから」。かつて江戸時代に三軒の茶屋が並んでいたという、街のストーリーを踏まえてのセレクトなのだそうだ。
店作りにかけたのはわずか4ヶ月。空間やアイテムに至るまでそのクオリティとスピード感に驚くが、これは3Dプリンティングを活用してシュミレーションと失敗を繰り返し、クオリティを追求したことが大きいという。
「いまはどんどん中間業者が排除されて製造コストが下がり、ものづくりやメーカーのハードルが下がっています。弊社は受託を受けるのではなく、需要を逆算して企画デザイン・製造・流通・マーケティング・販売までを行うのが強み。2人だけの会社なので、意思決定も早いですね」(谷本さん)。
情緒的な日本茶からデザインの力で新たな価値観を引き出し、今までにない日本茶の楽しみを提案する「東京茶寮」。その魅力ともてなしを体験してもらうために、日本茶出張サービスも行っており、これまでも国内の美術館やレストランのほか、イタリア(ミラノサローネ)、メルボルン、台北などでポップアップを行い、大きな反響を得ているという。さらには商業施設への多店舗展開や、海外への出店も想定しているそうだ。
「銀座の『煎茶堂東京』出店にあわせて自宅でもシングルオリジン煎茶の飲み比べが楽しめる新しいデザインの透明急須を開発し販売をスタートしましたが、今後も新しい試みをしていく予定です」(谷本さん)。
【取材・記事:渡辺満樹子】