Cidernaut(サイダーノート)
レポート
2021.03.26
フード|FOOD

Cidernaut(サイダーノート)

りんごの醸造酒「ハードサイダー」がクラフトビールに次ぐトレンドに
奥渋谷に登場した日本初・樽詰サイダー専門店がブームを後押し

ここ数年、クラフトビールや自然派ワイン、クラフトジンやメスカル、クラフトコーラなど、小規模な造り手による個性豊かな”クラフト系ドリンク”が注目を集めているが、今「クラフトビールの次に(ブームが)来る!」と話題なのが、サイダリーと呼ばれる醸造所で造られる「クラフトサイダー」だ。「サイダー」はりんごを主原料とした醸造酒で、フランス語では「シードル」、ソフトドリンクのソーダと区別するために「ハードサイダー」とも呼ばれ、りんご特有の芳醇な風味が特徴。本場のイギリスやフランスなど欧州では古くから親しまれてきたが、昨今アメリカを中心にクラフトビールなど“新しいもの好き”の層の選択肢として人気が拡大。改めて世界中でブームになりつつある

そんななか、樽で仕入れてタップから注ぐ”樽詰サイダー”の専門店「Cidernaut(サイダーノート)」が昨年3月、奥渋谷の神山通りにオープン。これまで瓶やボトルでサイダーを提供する店はあったが、クラフトビール並みのタップ数で樽詰サイダーを揃える店としてはおそらく日本初世界中のサイダリーから厳選したフレッシュで多彩なサイダーが、ランチタイムからバータイム(通常12時~24時営業。緊急事態宣言時は除く)まで気軽に楽しめるという。
同店のイチオシの国産ハードサイダー「SON OF THE SMITH(サノバスミス)」。長野のリンゴ農家が”farm to cheers(農場から乾杯まで)”をテーマに手造りする。

世界中で注目を集める、小規模生産者による“クラフト系ドリンク”

おしゃれなブルーのファサードが目を惹く約16坪の店舗は、天候が良い日にはフルオープンに。開放的な空間にはイギリス製のハンドポンプのタップが並び、カウンター席からサイダーを注ぐ様子が眺められる。

「ターゲットはクラフトビール好きのような、新しいものに敏感な人。トラディショナルなパブとは異なるモダンなタップルームをイメージしました。クラフトサイダーの魅力は、生産者や銘柄ごとに個性が豊かで、自分の好みを見つけられること。その土地のリンゴ品種を複数ブレンドしたものが多いですが、単一品種で造ったもの、ホップや麦芽を入れたもの、ほかの果物やハーブを合わせたものなど、味も見た目もバリエーションが豊富です」(オーナー・武田光さん)。
クラフトビールでお馴染みのタップだが、そのほとんどがハードサイダーという品揃えは国内で例を見ないという。常時8~10種類を揃える。
「サイダーノート」の構想は、武田さんがイギリス留学中にサイダーと出会ったことが始まりだ。日本のIT系企業に勤めた後、07年から語学の勉強を兼ねて6年間留学し、最後の1年はカンタベリーの大学院でMBA(経営管理修士)を学んだ。そんな武田さんが滞在中に好んで飲んでいたのがサイダーだ。なかでも、サイダリーを併設するカンタベリーのパブで飲んだサイダーのおいしさには衝撃を受けたという。

イギリスではサイダーはパブの定番で、手軽に購入できる”大衆のお酒”。もともとビールがあまり得意でないのですが、サイダーは苦味が少なくて、お腹にもたまらない。日本にもサイダー専門店があったらおもしろいのではと考えていた頃、ちょうどアメリカでクラフトビールがブームになり、その流れにサイダーが追随していた。イギリスでもクラフトビールと共にサイダーがリバイバルし、若手のおもしろいサイダリーも増えてきて、これは日本でもいけるのではと考えました」(武田さん)。
ハードサイダーに合うパブフードも充実。こちらはランチでも人気の「ベーグルサンドウィッチ」(800円、セット1,000円)。24時間煮込んだ豚肉にりんごソースを合わせた「プルドポーク」など3種から選べる。
人気メニュー、西海岸のソウルフード「カルネアサダフライ」(ハーフ サイズ1,000円、フルサイズ 1,600円)。フライドポテトに牛肉と、アボカドクリームやチーズを乗せたお酒が進む味わいだ。
帰国後、別の仕事をしながら構想を練っていたところ、イギリス時代の知り合いで「サイダーノート」の現マネジャー・和田将玄さんと再会。当時、都内のアイリッシュパブで働いていた和田さんとの出会いによって店舗の構想が具現化し、19年に物件が見つかったことで出店を決めたという。

12タップのうちサイダーは常時8~10種類、クラフトビールは2~4種。定番の”トラディショナル系”、ビール好きにも飲みやすい”ドライ系”、”酸味系”、”甘い系”と味わいを大きく分け、日替りでバランスを見ながら提供する。「サイダー(シードル)だけでは飲み飽きそう」と思うかもしれないが、こちらで提供されるクラフトサイダーは日本で馴染みのある甘いだけのシードルとは別格の味わい。さらに、日々異なるラインナップのため飽きずに楽しめるという。産地はイギリス、フランス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、スペイン、日本などが中心。価格はハーフが600~1,000円程度、ミディアムが1,000~1,400円程度、パイントが1,200~1,700円程度。アルコール度数は、4%程度~10%程度のものまでと幅広い。
入ってすぐはカウンター席。店内奥には仲間と集えるテーブル席もあり。

日本はハードサイダーの黎明期へ。サイダリーが続々登場、ワイナリーの参入も

国・地域でも味わいは異なる。例えばイギリスは原料のりんごや木を重視した、甘み・酸味・渋味のバランスがとれた“トラディショナル”なサイダーが多いという。一方、アメリカはクラフトビールと同様に“遊び心”のあるサイダーが多く、ホップやチェリーを混ぜるなど独自の進化を遂げている。また、「ワイナリーが手がけるサイダーは食事との合わせやすさを重視していたり、ビールのブリュワリーのものはサイダー自身のおいしさを追求していたりと、り手のバックグラウンドにより味わいが異なるのもおもしろい」と武田さん。

日本ではまだ馴染みの浅いサイダーだが、ここ数年で若手のサイダリーが増加している点にも注目したい。りんごの産地である長野県や青森県などの東北地方を中心に、代々続くりんご農家がサイダリーを始めたり、老舗ワイナリーがサイダー造りに参入するなど、クラフトサイダーが新たな名産品として盛り上がりつつある。武田さん自身も頻繁に生産者のもとに足を運び、国内のおもしろい造り手を積極的に紹介。生産者にもお客の声をフィードバックしているという。
宮城の秋保ワイナリーが手掛ける「秋保クラフトサイダー」(左)と、福島県のふくしま逢瀬ワイナリーの「サイダー2016」。サイダーはビールと異なりグルテンフリー、プリン体フリーである点も注目されている。
内装はオーセンティックなバースタイルではなく、あえてモダンな雰囲気に。
取材日のサイダーの一部をご紹介しよう。フランスの家族経営のサイダリー「Dupont(デュポン)」の「CIDRE BOUCHE(シードル・ブシェ)」は、カルヴァドスにも使われるリンゴ3種を天然酵母で発酵させた定番。アメリカ発「Seattle Cider(シアトル・サイダー)」の「DRY(ドライ)」は、ワシントン州産りんごを使った、その名の通りドライな飲み口。ニュージーランド発「Zeffer Cider(ゼファーサイダー)」の「Apple Crumble Infused(アップルクランブルインフューズド)」は シナモン、バニラなどを組み合わせた爽やかな甘味が特徴。青森の「Be Easy Brewing(ビーイージーブルーイング)」の「Hoppy Cider(ホッピーサイダー)」は、青森「もりやま園」の摘果果(テキカカ)など3品種を合わせた注目のサイダー。ほか、複数のスパイスを使った「ホットサイダー」も人気メニューだ。

ボトルは常時15種類程度を揃え、価格は900円~1,300円程度(テイクアウト価格。店内で開栓する場合は+開栓料300円)。イギリスサイダー界のレジェンド、トム・オリバーが手がける「OLIVER’S FINE CIDER(オリバーズファインサイダー)」、長野のリンゴ農家が”farm to cheers(農場から乾杯まで)”をテーマに手造りする「SON OF THE SMITH(サノバスミス)」、福島発「ふくしま逢瀬ワイナリー」のシードルほか、味もラベルデザインも様々なサイダーを揃えており、選ぶ楽しみがある。
 
ブルーのファサードが爽やかな、神山通り沿いに面した店舗。隣は人気ビストロ「Pignon」だ。

クリエイティブで感度が高い人々が集う“奥渋谷”でのチャレンジ

一方、独自の”サイダーに合う”パブフードも充実。もっちり食感の自家製ベーグルを使った「ベーグルサンドウィッチ」(800円、セット1,000円)は、ホロホロ食感の豚肉にりんごソースを合わせた「プルドポーク」ほか3種で、ランチやテイクアウトにも人気。西海岸のソウルフード「カルネアサダフライ」(ハーフ サイズ1,000円、フルサイズ 1,600円)は、牛肉とポテト、アボカドクリームやチーズを乗せた病みつきになる一皿。つまみ系では「フィッシュ&チップス」、「バッファローウイングス」、スパイスとハーブを合わせたフライドチキン「CFC」のほか、定番の日替わりカレー、締めのスイーツまで、お酒が進む魅力的なラインナップだ。

奥渋谷に出店した理由は「感度の高い人が多いため」と武田さん。渋谷から代々木上原へと通じる富ヶ谷・神山町周辺を指す奥渋谷は、おしゃれで個性的な飲食店が集う注目のエリアだ。“すしやの玉子サンド”で有名な「キャメルバック サンドウィッチ&エスプレッソ」、昨年9月にオープンしたイタリアン「CHOWCHOW(チャウチャウ)」、同店隣のフレンチビストロ「pignon(ピニョン)」やワインバー「アヒルストア」など人気飲食店も多く、客が行き来するなど相乗効果も見られるという。
 
オーナーの武田光さん(中央)、マネジャー・和田将玄さん(左)と、菓子作りなども手掛けるアルバイトのスタッフさん。

造り手とのコミュニケーションの場としても機能。ハードサイダーの普及を目指す

客層は30代の男女が中心で、クラフトビール好きや飲料業界の関係者、近隣の常連客、サイダー好きの外国人、webやテレビ他のメディアで知って来店する人など幅広い。サイダーは自然派ワイン好きの層からも好評で、特に酸味のあるタイプが人気だそう。クラフトビアバーと思ってふらりと入店し、サイダーの魅力にはまるお客さんも多いという。

図らずもオープン後すぐにCOVID-19の感染が拡大し、決して順調な滑り出しとはいえなかったが、ランチ営業やテイクアウトに力を入れるなど試行錯誤を続け、地道にファンを増やしてきた。「当初はサイダーという言葉を知らない人も多かったが、日本でも認知が広がっているのを感じます」と武田さん。

今後は生産者の顔を紹介する試飲イベントや、サイダーラベルを手がけるアーテイストの個展、ワイン・日本酒など異ジャンルの造り手をつなげる場も作っていきたいという。「ゆくゆくはサイダーの輸入やリンゴジュースの流通なども手がけ、りんご農家でない人でもサイダーが作れるような仕組みづくりも目指したい。店舗の拡大も視野に入れながら、サイダーをもっと盛り上げていきたいですね」(武田さん)

日本ではまだまだ馴染みの少ないクラフトサイダーだが、その魅力を体感できる場としてはもちろん、様々な方法でサイダーの魅力を発信しつなげていく「サイダーノート 」のような専門店の存在が、さらにブームを後押ししそうだ
 
【取材・文=フリーライター・エディター/渡辺満樹子】


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