2010年代の幕開けを飾る──とはいえ、新たなディケイドに入ったところで何かが劇的に変わるわけではないのだが──2011年春夏コレクションがほぼ幕を閉じた。今回の東京コレクションでは、LIZ LISA(リズリサ)やVANQUISH(ヴァンキッシュ)などこれまでハイ・ファッションの範疇の外にあったブランドが取り込まれたり、ウェブのみで映像を配信するブランドやショーを一般に開放するブランドがいくつか見られたりと、危機にあるといっても過言ではないハイ・ファッションの現状を打開するべく、オーガナイザー・ブランドの両者とも様々に工夫を凝らしていたように思われる。その努力は認められるのだが、ファッション・ショーがハイ・ファッションの専売特許でなくなった現在、もう一歩踏み込んでファッション・ショーを行う意義まで考える必要もあるのではないだろうか。
東京ガールズコレクションがショーというメディアを選択したのは、優れて戦略的な行為に思われる。フランスの心理学者、ギュスターヴ・ル・ボンは群衆についてこのように述べていた。すなわち、群衆のなかに置かれた個人は暗示にかかりやすくなり、周りの人間の感情や行動が感染しやすくなる、と。このことは、ライブ会場でついグッズを買ってしまったり、縁日で次から次へと食べ物を買ってしまったりすることを思い起こせば簡単に理解できるだろう。東京ガールズコレクションにおいて、ショーの最中に携帯電話を使って商品を購入できるというシステムは、まさにこの群衆の効果を利用したものだと言える。
翻って、ハイ・ファッションではどうだろうか。現在ではインスタレーションや映像など、昔に比べるとさまざまな方法によってコレクションを見せることが可能になっている。それでもなお、ショーにこだわる理由は何だろうか。以前の日本であれば、海外ブランドに対する憧憬のようなものがあり、ショーという形式がその感情を高めることができたということもあるだろう。しかし、そのような憧憬はもはやかなり薄れてきているし、「それっぽく見える」服を作ってショーを行うことは難しくない。ファスト・ファッションの商品のみを使ってショーを行うことも無理な相談ではないに違いない。
ファスト・ファッション隆盛の現在、ブランドが生き残っていくためにはそのブランドの物語──世界と言い換えることもできよう──を作り上げていく必要があると思っているのだが、それには衣服のデザインをするだけでは十全ではない。ブランドのコンセプトから始まり、ロゴやウェブサイト、コレクションのインヴィテーションからショーやインスタレーションの空間まで、すべてのデザインにこだわらなくてはならない。ファスト・ファッションのデザインはある意味でデータベース的なもの、つまり既存の要素から取捨選択を繰り返し、最大公約数的なところに落とし込むものだと考えられるので、ハイ・ファッションのブランドにとっては物語の構築がファスト・ファッションとの差異化を図るための近道であるはずだ。
そうしたトータルなデザインの必要性を踏まえると、JFWでメイン会場が決まってしまっていることは大きな問題であろう。今回、主な会場となっていたのは東京ミッドタウンのホールとroomsLINKの会場でもある国立代々木競技場第一体育館。ショーを見る側にとっては都合が良いのかもしれないが──とはいえ、もちろんブランドごとに準備が必要であり、同じ場所にとどまれるわけではないのでそこまで便利だとも思えない──、その空間が画一化されてしまうことのデメリットの方が大きいように思われる。その意味で、JFWに参加していないsise(シセ)のショー会場(ちとせ会館)の空間は素晴らしく、デザイナーが自分たちの服をどう見せれば効果的なのか、はっきりとわかっていることが窺えた(さらに言えばアクセスもよく、その意味でも申し分なかった)。
ブランド側にとって、提供される会場は準備が整っているために安価かつ手軽なのかもしれないが、お仕着せの会場に甘んじるのであれば、いっそショーをやめてしまってもいいように思われる。今シーズンの東京コレクションで言えば、beautiful people(ビューティフル・ピープル)のようにモデルを日常にまぎれこませるプレゼンテーションなど、効果的な手法はいくらでもあるはずである。オート・クチュールの祖と言われるシャルル=フレドリック・ウォルトがファッション・ショーというプレゼンテーション形式を考案してからおよそ150年が経つ。ショーだけにこだわるのではなく、新しいプレゼンテーションの方法を試みていくことが必要であることは間違いないだろう。
もちろん、ショーを行うことのメリットもあるし、またショーでしかできないことがあることも付け加えておかねばならない。たとえば、mikio sakabe(ミキオサカベ)のようにお祭り騒ぎ的な雰囲気を出すのには、東京ガールズコレクションと同様にショー形式がうってつけだとも言える。また、ショーはインスタレーションと異なり時間軸が存在するため、ANREALAGE(アンリアレイジ)のように、ひとつのプレゼンテーションのなかで問い(空気の入った身体)と解答(空気の抜けた身体)を提示するにはもっとも効果的な手法であろう。
さらにANREALAGEに関して付け加えると、JFWの公式スケジュールに乗ることなく、また積極的な広報活動を行っていないにも関わらず、今シーズン最大級の来場者を数えたことはきわめて示唆的な事実である。今回、JFWは伊藤忠やニューヨーク・コレクションなどを運営するアメリカの企業と代理店契約を結び、一部のブランドはtwitterなどで一般の来場者を募っていた。こうした戦略はコレクションを認知してもらうため、あるいは顧客を増やすためにはもちろん正しい戦略でもある。しかしながら、どれほど広報に力を入れようとも、コンテンツが充実していなければ期待以上の成果は得られない。このことは、前述の米企業が「デザイナーのレベル向上」を課題として挙げていることからも理解されるだろう。ANREALAGEはそのショーのインパクトや作品のクォリティに比べると、決して派手な戦略を取っているわけではない。過剰なほど細かいパッチワークが代名詞のひとつにもなっていることに象徴されるように、むしろその活動のあり方は地味ですらある。そのようなブランドが今回あれだけ多くの人を集めたという事実にこそ、今の日本のファッションが学ぶべきことが隠されているのではないだろうか。
[取材・文/蘆田裕史(日本学術振興会特別研究員PD/京都大学大学院)]
【ジャパンファッションウィーク2011SS概要】
・開催日:2010年10月18日(月)〜 10月24日(日)・会場: 東京ミッドタウン・ホールA、roomsLink内JFW支援ステージ、その他 各会場
・内容:コレクション・ショー・映像発表、中継配信(USTREAM、3Dなど)、3D映像記録
・参加ブランド:42